shortStory

第一話 二人の出会い

人生には、ほっと一息つく時間が必要だね。

今まさにそんな気分。電車を降りて、人の少ないホームを歩いて、静かな駅の改札を通る。地元から電車で、1時間くらい。にぎやかな都会を離れ、1人静かな場所にやってきたからか、自然と肩の力が抜けて、だからそんなことを思いついたのかもしれない。それに、これから向かうところはもっともっと静かな、自然があふれる素敵な場所のはず。福岡県八女市やめし星野村ほしのむら。美しい星空で有名なその場所に、加純かすみは向かう途中だ。駅前からバスに乗って、途中でさらに乗り継いで、一時間半と少し。ちょっとした長旅になるが、それほど気にはならなかった。静かでいやされる場所に行くのだから、不便なくらいが丁度いいのだ。もっともあんまり不便だと、行き方が分からずに困る人もいるだろうけど……。

そんな時、駅前のロータリーに若い男の人が立っているのに気が付いた。見た目からすると、どうやら外国から来た人のようだ。バス停を探しているようだけど、もしかして、迷っているのだろうか。声をかけた方がいいかもしれない。英語は得意じゃないんだけどな、と加純はちょっと尻込みする。英語を喋ってくれるかも分からないし、何を言っているか分からなかったらどうしよう。でも、と加純は思い直す。困っている人は、助けなきゃ。

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「あ・・・あの!」

突然、声をかけられた。渉太しょうたが振り返ると、背の低い女の子が必死の表情でこちらを見ている。高校生ぐらいだろうか。博多駅からJR快速に乗って約50分、羽犬塚駅はいぬづかえきの駅前ロータリーで路線バスに乗り換えようとしていたところだった。女の子の表情は、ちょっと泣きそうにも見える。もしや、迷子だろうか、と渉太は思った。それならば、返事はなるべく穏やかに。

「なんでしょう?」
「えっ!日本語喋れるんですか!?」

女の子は一転、驚き半分、怒り半分のような表情をする。裏切られた、というような。祖母がイギリス人なので顔はちょっと日本人離れしているし、髪の色も薄いが、渉太はれっきとした日本人だ。日本で育ち、日本語も普通に喋る。渉太にとってはいつものことで、「日本人ですから」と返した。

「何かお困りですか?道案内なら、駅の人に聞いた方が」
「いや、そうじゃなくて……」

どうも歯切れが悪い。もう一度どうしたのか、と尋ねてみる。すると「困っているんじゃないかと思って……」と女の子が小さな声で、恥ずかしそうに返事をした。なるほど。困ってはいなかったが、気持ちは有り難い。女の子は福岡から来たのだと言う。九州の人はフレンドリーで親切だと聞くけれど、その通りかもしれないな、と渉太は思った。

「どちらに行かれるんですか?僕はこれから、バスに乗って星野村に向かうんですが」
「あ、私も……私も星野村に行きます。お兄さんも、星空を見に行くんですか?」
「いや……僕はお茶を飲みに」

そう答えると、女の子が今度はきょとんとした表情をする。しまった、と渉太は思った。お茶を飲みに行く、というのは流石に変だったか。「お茶が、お好きなんですか?」と聞かれるので、八女の玉露ぎょくろを飲みたくて静岡から来たのだ、と丁寧に説明をしてみたが、女の子はさらに目を丸くした。やはり、変だろうか。見た目のせいもあるだろうが、この年齢で日本茶が好きだというと大抵の人に驚かれる。ジジ臭い趣味だと思われるのかもしれない。うっすら自覚はしているものの、若い女の子にそんな顔をされると、さすがにこたえる。誤魔化すように苦笑くしょうする渉太に、女の子は、古賀加純と名乗った。その彼女の次の言葉に、今度は渉太が驚く番だった。

「あの、日本茶のこと、教えてもらえませんか?」

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鈴木渉太と自己紹介してくれたその青年は、加純と同じく星野村へ行くのだと言う。てっきり星空を見に行くものだと思ったら、八女の玉露を飲みに行くと言われて、加純はちょっと驚いた。八女は確かにお茶が有名で、福岡の人なら誰でも知っているけれど、でも、わざわざ遠くから出かけてくるほどのものだとは思ったことがなかった。だからちょっと驚いてしまったら、そんな加純の顔を見て渉太は恥ずかしそうに苦笑いをしている。恥ずかしい、のかもしれない。

確かに、若い男の人で日本茶が好き、という人は珍しい。お茶の味を気にしたことなんてなかったし、お茶は飲んでもコンビニのペットボトルだし、面倒だから自分でお茶をれたことなんてないし。でも、と加純は思った。落ち着くには、不便なくらいが丁度いい。わざわざ遠くから出かけてくるほどなんだから、お茶って、面白いのかもしれない、と加純は思った。お茶のことを知りたい、と伝えると、渉太はとても驚いた顔をした。渉太が加純に理由を尋ねる。

「あなたもお茶が、好きなんですか?」
「そういうわけじゃ、いや、お茶は好きですけど、そうじゃなくて、その」

慌てた返事をすると、渉太が怪訝そうな顔をするので、加純は困ってしまった。渉太の話を聞いて、お茶に興味を持った理由。それほど深く考えたわけではなかった。ただなんとなく、今の加純の気持ちに、しっくりときたような気がしたのだ。少し考えて、加純が「私が星空を見に行くのと、渉太さんがお茶を飲みに行くのはきっと同じことなんです」と言うと、渉太はさらによく分からないという顔をした。ううん、なんと言えばいいのだろう。でもきっと、そうなのだ。そこでふと、加純は思い出した。ちょっと恥ずかしそうに、加純は答える。

「だって人生には、ほっと一息つく時間が必要だから」

第二話 再会

はぁ、と思わずため息が漏れてしまった。

こんなに人が多いとは、正直思っていなかった。
確かに有名な観光地だし、最近は外国からも大勢の人が訪れるそうだし、人が多いのは不思議じゃない。それでも京都という街は、もっとのんびり散策できるものだと加純は思っていた。

加純にとっては初めての京都。人が多いことも想定外だったけれど、思っていたより暑いことにも驚いた。まだ春なのに、今日は日差しも厳しくて、半袖でもいいくらい。それなのに私は、なんでこんな厚着をしているんだろう、と加純はもう1つため息をついた。レンタルした着物は見た目には華やかでいいけれど、ちょっと袖を振ってみたところで、少しの風も通してくれない。雰囲気が出ていいじゃない、とは一緒に来た加純の友達、柚子ゆずの言葉だ。彼女の楽しげな誘いの言葉に、そうかも!と思って着てみたものの、暑いし、長い時間は歩き慣れてないし、すれ違う外国からの観光客には写真を撮られるし。柚子の方はというと暑さに負けず朝から元気で、ついさっき「コーヒーショップの様子を見てくる」と加純を置いていったきり戻ってこない。追いかけようとしたけれど、店の前には人が溢れていて、この格好では入りづらい。そういうわけで加純は一人、三条大橋の欄干にもたれかかって、ぼんやりと川を眺めていた。

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JR京都駅から地下鉄に乗って、四条駅で降りたら四条通を東に歩いて、花見小路を散策してから八坂神社にお参りする。お参りが済んだら河原町通まで戻って、高瀬川沿いに木屋町通りを北へ。市役所裏手の老舗の菓子屋でお土産を買ったら、三条まで戻る。何度目かの京都で、既にお決まりになりつつあるルートを、渉太は一人歩いていた。京都は、いつ来ても楽しい。外国人観光客が多いからか、寺に行っても神社に行ってもお茶屋さんに行っても、浮いた感じがないのもいい。日本生まれ日本育ちなのに見た目のせいで、どこに行っても珍しがられるけれど、いかにも日本という京都では、観光客のおかげで街に馴染むというのも、変な話ではあるが。

三条大橋まで来たところで、着物を着た女の子の姿が目に入った。たまには和装をしてみるのもいいかもしれない、と渉太は思った。最近は着物のレンタルサービスもあるらしいから、気軽に着れそうだ。今日みたいに暑くなければな、と渉太は額の汗をハンカチで拭いた。あの子もこんな日差しの中で気の毒に。そこまで思ったところで、ふと気がついた。彼女、見たことのある顔だ。

「加純ちゃん?」
「はいっ!えっ、あれっ、渉太さん?」

加純はとても驚いた様子だった。それも仕方ないだろう。まさかこんなところで再会するとは、渉太も思っていなかった。前に会ったのは去年の夏だったか、それも福岡でのことだ。聞くと、友達と観光にやってきたそうだ。今は一緒じゃないのか、と聞くと、橋の側のコーヒーショップに行ったきり戻ってこないという。確かに、あの店はいつも混んでいる。特に今日みたいに暑い日は。

「渉太さんも、観光ですか?」
「観光、といえば観光かな。目当てはお茶なんだけど」

加純の問いに渉太がそう答えると、そういえばそうでしたね、と加純は笑った。前に加純と会ったのは、玉露のためにわざわざ福岡の八女まで出かけたときだったから、京都くらいでは確かに驚かれないだろうな、と渉太は思った。美味しいお茶は見つかりましたか、と加純が尋ねるので、まだこれからだよ、と返す。

「これから電車に乗って、宇治に行くんだ」
「宇治?」
「ここから電車で30分くらいかな。宇治抹茶、聞いたことない?」

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京都で渉太と再会したことにはびっくりしたけれど、彼がお茶のためにわざわざ京都にやってきたと言われても、加純はあまり驚かなかった。去年初めて会ったときから、加純にとっての渉太のイメージは、お茶の大好きなお兄さんだ。これから宇治に抹茶を飲みにいくところだという。宇治抹茶、コンビニで売っているお茶に、そんな名前が書いてあった気がする。でもきっと、ペットボトルのお茶よりもずっと美味しいのだろう。加純が渉太にもっと宇治抹茶のことを聞いてみようと思ったところで、柚子が戻ってきた。

shortStory02

「加純、ごめんねー!しばらく粘ってみたけど、全然席、空かなくて!あれ、そちらのお兄さんは?」

少々疲れ気味の加純とは対照的に、加純の友達、柚子は元気一杯だ。加純は柚子に渉太を、渉太に柚子を紹介した。宇治抹茶の話をしたところ、柚子も興味をもったらしい。柚子が渉太に尋ねる。

「京都市内にもお茶屋さんはあるのに、なんで宇治まで行くんですか?」
「抹茶が有名だっていうのもあるけど、宇治は川の側で気持ちいいし、人が少なくて落ち着いているからね」

人が少なくて、気持ちよく過ごせるところで、落ち着いてお茶を飲む―。それいい!と加純は思った。このまま京都市内を散策するのもいいけれど、宇治まで行ってみるのもいいかもしれない。柚子に提案し、渉太に一緒に行ってもいいかと尋ねると、二人とも快くOKしてくれた。

三条大橋を渡った先、京阪の三条駅から中書島で乗り換えて、ちょうど30分くらいで宇治駅だ。道すがら、八女での話やお茶の話をしていると、柚子が渉太に、でもなんでまた、日本茶なんですか、と不思議そうに聞いた。そういえば、渉太がお茶を好きになった理由は、加純も聞いたことがなかった。なんと答えるのだろう、と加純が興味深そうに渉太の方を見ると、渉太はちょっと笑って、こう答えた。

「人生には、ほっと一息つく時間が必要だからね」

第三話   

shortStory03

―東海道線と、伊豆箱根鉄道線はお乗り換えです。三島を出ますと、次は静岡に停まります―

東京駅から静岡駅まで、新幹線で60分。乗る前は遠いなあと思っていたけれど、一度乗ってしまえば、あっという間だ。時間も距離も調べていたけれど、実際に体験してみると違うものだ。休みの日の東京駅の混雑も、駅で売っているお弁当の悩ましい品揃えも、新幹線の座席の座り心地も。体験してみなければわからないことは沢山ある。そんなことをぼんやりと考えながら窓から外を眺めていた加純は、雲の向こうにうっすらと見える富士山のシルエットに気が付いた。静岡に来たぞ、という感じがして、少し嬉しい。

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静岡といえば富士山。福岡生まれ福岡育ちの加純でも、そのくらいは知っている。しかし、じゃあ他には何が、と聞かれると困ってしまう。正直に言って、静岡についてそれほど沢山のことを知っているわけじゃない。今の加純が自信を持って言えることはもう1つ。静岡がお茶の名産地だということだ。青い空の下、斜面に広がる一面の茶畑と、手ぬぐいを被って茶摘みをする畑の人。多分どこかで、きっとお茶のパッケージの写真かなにかで見た、そんなイメージが静岡にはある。でも、それだけだ、と加純はふと気が付いた。他のことは何も知らない。本当になんとなく来てしまった。今更そんな居心地の悪さを感じてしまい、どうしたものかな、と加純は思う。窓の外の富士山は、少しすると雲に隠れて見えなくなってしまった。

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静岡駅で合流して、駅前地下の喫茶店に入った。注文したお茶が出されると同時に、なんとなく来てしまった、とまるで懺悔するような加純の口調に、渉太は思わず笑ってしまった。可笑しいのと同時に、しかし少し申し訳無さも感じてしまう。連休に出かける先を探しているという加純に、お茶を飲みに静岡に来たら、と誘ったのは他でもない渉太なのだ。確かに、と渉太は思い出す。以前加純と出会った福岡や京都に比べると、静岡の見どころの少なさは否めない。「ごめんね、若い子が旅行に来る場所としては、確かに魅力が少ないかも」と渉太は素直に謝った。「いや、そうじゃないんです」と加純はさらに申し訳なさそうな顔をする。

「静岡のこと、なんにも知らないなあって。もっとちゃんと調べてから来ればよかったなって思ったんです。ほんとに、なんとなく来ちゃって」

なんとなく来て何が悪いのか、と渉太は思うが、自分がジジ臭い性格だからそう思うのだろう。真面目で好奇心の強い加純だから、そんなふうに思ってしまうのかもしれない。「確かに、インターネットで調べたら色々出てくるかもしれないね」と渉太は前置きする。加純はいよいよ泣きそうな顔になる。

「旅行先を調べるのは楽しいし、旅行って準備してるときが一番楽しい、っていう人もいるよね」

「そうですよね…休みに入るまで忙しかったのもあるけど、私、ぼーっとしてて」

「でも、調べてからでないと、知ってからでないと来ちゃいけない、なんてこともないと思わない?」

渉太は日本茶に詳しい。自分でもそう思っている。調べものをするのが好きだからだ。だから旅行に出かけるときも、念入りに目的地を調べて、きっちりスケジュールを組むタイプだ。予め調べておかないと、面白いものを見逃してしまうかもしれない、と考える。でも、だからといって、知識がないと何も楽しめない、とも思わない。調べていたことを実際にやってみるのも、知らなかったことに偶然出会うのも、同じくらい楽しい。なによりも、調べてわかることと、体験して感じることは全然違う。だから本を読んだり、インターネットで調べたりするだけではなくて、実際にお茶を飲みに出かけるのだ。

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「それに、知らなかったからこそ楽しめることだってあると思わない?」という渉太の言葉に、加純ははっとした。そうかもしれない。考えてみれば、渉太に日本茶を教えてもらったことだってそうなのだ。きっかけはただの偶然だし、最初はお茶のことを何も知らなかったし、今でもそんなに詳しいとは思わないけれど、それでもお茶は好きだし、いろいろなお茶を飲んでみたいなと思うし、だからなんとなく、静岡までやってきたのだ。東京駅の雑踏を、初めての東海道新幹線を、加純は思い出す。知っていることと感じることは違う。知らなくても、きっと楽しめる。そう思うと、肩の力が抜ける気がした。そういえば、近頃はずっと忙しくて、こんなふうにのんびりする時間がなかった。「人生には…」と呟く加純に「そうそう。必要でしょう?」と渉太が笑う。

移動で疲れた身体に、水出しの緑茶の甘さが心地よい。風の気持ち良い初夏のことだった。

キャラクター紹介

鈴木 渉太(しょうた)

鈴木 渉太(しょうた)

誕生日:1993年10月10日

身長:183cm

体重:66Kg

星座:天秤座

血液型:O型

趣味:サッカー、映画鑑賞(アクション、ドラマ)

好きな本:青春ミステリ(樋口有介)

好きな食べ物:蕎麦、魚(鮪)、おでん

好きな色:グリーン

兄弟:弟と二人兄弟

出身地:静岡市葵区北番町75

現住所:東京

勤務先:外資系IT企業(新宿区)

日本好きのイギリス人の祖母をもつクォーター
祖母の影響で日本茶には詳しく知識も豊富
性格はクールで年齢の割にはしっかり落ち着いている
周りの女子からはその落ち着きやなんかが
「クール」と思われているけど、
本人は「俺ってそんなにじじくさいか…?」とひそかに気にしている
2014年夏、福岡で知り合った加純にときどき
日本茶の淹れ方を教えている。

古賀 加純(かすみ)

古賀 加純(かすみ)

誕生日:1997年6月10日

身長:155cm

体重:非公開

星座:双子座

血液型:B型

趣味:水彩画、散歩、映画鑑賞(ジブリ作品)

好きな本:ラブコメ(有川浩)

好きな食べ物:とんこつラーメン、魚(平目)、アイスクリーム

好きな色:白

兄弟:姉と二人姉妹

出身地:福岡市南区大楠1

現住所:東京

勤務先:アパレルメーカー(渋谷区)

服飾デザイナーを目指して2015年博多から1人で上京し
専門学校へ通っていたが、2017年春からアパレルメーカーで
デザイナーの見習い中。
洋裁・和裁の両方が好きだが、料理はまだ苦手。
ときどき日本茶の淹れ方を渉太に教えてもらっている。
女子友達が多く明るい性格
男子に対してはツンデレ